国際学会参加報告<北米スポーツ社会学会>

国際交流委員会より、会員による国際会議の参加についてご報告申し上げます。会員のみなさまがご研究の成果を世界中に発信しておられるようすをご紹介しております。さて今回は井谷聡子会員、関めぐみ会員、三上純会員による北米スポーツ社会学会の参加報告です。

日程: 2018年10月31日(水)~11月3日(土)
場所: カナダ、バンクーバー市
学会テーマ: スポーツ・サウンドトラック〜スポーツ、音楽、文化
報告者: 井谷聡子(関西大学)・ 関めぐみ(京都光華女子大学)・三上純(京都教育大学)

2018年度の北米スポーツ社会学会(NASSS)は、10月31日〜11月3日の日程でカナダはバンクーバー市で開かれ、本学会からは井谷聡子、関めぐみ、三上純の3人が参加しました。井谷と関は、過去にも何度かNASSSに参加していますが、修士課程の学生として参加した三上は、これが初めての国際学会でした。今回は、3人それぞれの視点から学会の印象や出席した感想について報告します。

〜・〜・〜学会全体の印象〜・〜・〜

 今年の学会のテーマは「スポーツ・サウンドトラック~スポーツ、音楽、文化」という、近年の欧米スポーツ社会における「カルスタ」への衣替えともいえる「身体文化学」的アプローチをよく表したタイトルだった。 「サウンドトラック」や「音楽」に自身の研究を引きつけることに苦労しながらもヒップホップ(?)な研究を発表する人、全く学会のテーマは無視していつも通り自分の発表を行う人、テーマ設定を厳しく批判する人などなど、今年も個性輝く「NASSSらしい」学会であった。

 NASSSはメンバーの大半が白人で、特に年齢が上の層ほどこの傾向は強くなる。会場の中心にいるのは圧倒的に白人が多く、白人以外の参加者がポツポツと、しかも部屋の隅の方いることが多い。そんなNASSSも若手の研究者層は変化しつつある。少しずつではあるが非白人の参加者が増え、特に大学院生たちの多様化が目立つようになってきた。日本と同じように就職状況が非常に厳しい北米アカデミアなので、非白人の若手たちがこの先スポーツ研究の分野で安定した仕事を手に入れられるかは楽観できないが、NASSSもこれから少しずつ「ベテラン」層も含めて多様化していく気配は見せている。

 そんな変化の兆しか、今年のNASSSは少し雰囲気が違っていた。黒人研究者の参加が例年に比べてかなり多かったのである。それに驚いてしまったのは、しっかりプログラムを見ないで参加してしまったせいもあるかもしれない。なぜかというと、今回の基調講演は3題とも人種問題を中心においたものだったのである。黒人研究者たちの注目度が高かったことも頷ける。

 また、ここ1、2年の間アメリカのスポーツ界を賑わせている国歌斉唱中の「膝つき」プロテスト(黒人に対する警察の暴力や殺人に抗議して、NFLのコリン・キャパニックが国歌斉唱中に膝をつき抗議したことから、NFLの他のチームや他のスポーツの選手も「膝つき」抗議に加わった。トランプ大統領が批判したことがさらに大きな抗議を呼んで話題になった)や、トランプ大統領の「壁」政策、イスラム教徒が人口の大多数を占める国からの入国を禁じるいわゆる「ムズリム禁止法」に言及する一般発表も多く、トランプ大統領時代の人種問題に対する危機感をうかがわせた。こういった「今どき」の話題、社会問題を敏感且つタイムリーに拾い上げて議題に乗せていくスピード感とダイナミックさ、社会への貢献を意識した学術のあり方は、北米アカデミアの強みである。

 今回の基調講演のタイトルや顔ぶれも、まさにそんな北米の特徴をよく表していた。NASSSは4日間の学会期間中、基調講演が3本あり、その中で一番名誉ある講演は、「アラン・インガム・メモリアル・レクチャー」と呼ばれている。今年このレクチャーのスピーカーを務めたのは、NASSSの会長を務めたこともあるジョージア工科大学のメアリー・マクドナルド氏であった。

 マクドナルド氏は白人女性だが、その長いキャリアを通じてスポーツ界、そしてスポーツ社会学におけるジェンダー問題、ホモフォビア問題、白人至上主義問題を批判し、常にクリティカルなスポーツ社会学を牽引してきた。「サウンドトラックというテーマは難しかった」とこぼしつつも、“‘Once More, With Feeling’ Sporting Anthems and the Affective Turn”と題されたレクチャーは、膝つきプロテストだけでなく、Asaniというカナダ先住民の女性グループがNHLの試合でカナダ国歌を3つの言語(クリー語、英語、フランス語)で歌った (ビデオはこちら )という出来事について、アフェクト理論を用いて分析しながら人種差別(racism)と殖民者植民地主義(settler-colonialism)、国家主義、軍事化という問題群がスポーツとどのように交差し、現れてくるのかを見事に示してみせた。

 二日目の基調講演は、スミソニアン・アフリカ系米国人歴史文化博物館スポーツに関する展示の学芸員を務めるダミオン・トーマス氏。彼は学芸員の仕事に移る以前は、メリーランド大学でアメリカ史におけるスポーツの役割、特に黒人選手たちの抵抗運動や黒人男性のマスキュリニティついての研究に携わっていた。今回の講演のタイトルは、ずばり「スミソニアン・アフリカ系米国人歴史文化博物館におけるスポーツの役割(”The Role of Sport at the Smithsonian National Museum of African American History and Culture”)」。アメリカにおける黒人の公民権運動とスポーツの関係の深さ、文化的重要性がよく示されていた。

 三日目の基調講演は、ワシントン州立大学のデイヴィッド・レオナルド氏。レオナルド氏は、反黒人レイシズム、メディア文化、刑事司法制度について研究しており、今回の講演テーマも “You’ve been on my mind like Kaepernick kneelin”: Hip- Hop, Heritage, and Hope in the Revolt of the Black Athlete.”で、キャパニックのプロテストがヒップホップ音楽にどのように取り上げられ、また組み合わさって反黒人差別への抵抗となっているのかについて語った。

 一般発表も批判的人種理論、フェミニズム理論、クイア理論、ポストコロニアル理論と、批判的理論を用いた研究がその大半を占め、理論に裏打ちされた研究の強さが印象的であった。また、近年様々な分野で研究が進められている「殖民者植民地主義」の問題を取り上げた「殖民者植民地主義とスポーツ」のセッションも毎日必ず1セッションは行われ、ようやくこの問題と向かい合う環境がスポーツ研究にも整ってきた様子が伺えた。

 ジェンダーとセクシュアリティに関するセッションも数多くあった。名前から分かるものだけでも、「スポーツとドメスティック・バイオレンス」、「スポーツ、セクシュアリティと都市」、「ジェンダー、人種とスポーツ〜インターセクションのアセンブリッジ」、「奇妙な果物〜スポーツする女性と社会運動」、「女性、スポーツメディアと映画」、「LGBTQIとスポーツ文化」、「オリンピック運動〜冬季オリンピックにおける人種、ジェンダーと政治」、「スポーツにおける女性戦士」、「スポーツとマスキュリニティ」の9つのセッションがあった。その他のセッションでも多くの発表にジェンダー視点が組み込まれており、ジェンダー視点がスポーツ社会学研究の基本として位置づけられていることがわかる。日本のスポーツ研究にジェンダー視点が「デフォルト」として組み込まれる日はいつ訪れるのだろうか。(井谷)

〜・〜・〜一般発表を終えて〜・〜・〜

 2018年度のNASSS第39回大会では、全体講演が5つ(基調講演含む)と11のセッションが用意されていた。セッションの時間(75分)には、それぞれ8つの分科会が設定され、各分科会では一般発表(約4本)をはじめ、パネルディスカッションやポスター発表などが行われた。

 私たちは、3日目の朝8時開始のセッション5、分科会B「体育と社会正義」において、“Gender and sexual politics in sport-based Japanese physical education”というタイトルで一般発表を行った。私たちの発表は、平成28年~30年度科学研究費補助金(基盤研究C)「体育カリキュラムにおけるジェンダー・ポリティクスについての研究:周辺化される人々の経験に着目して」(代表:井谷惠子)の研究成果に基づくものであり、日本の体育・保健体育科教育において、ジェンダー視点から周辺化される人々に視点を当て 1)学校期において運動やスポーツから離脱する人々の経験 2)性的マイノリティとして困難を味わってきた人々の経験 を検討するという内容であった。

 同じ分科会には、オランダ、イラン、中国、イギリスなど北米以外からの参加者がおり、各国の状況を踏まえた多くのコメントをいただいた。共通していたのは、政治性を内包する教育の中で理想的な身体が設定されること、それによって序列化が進行することへの危機感であった。質疑応答では、教育の場においていかに多様な身体や能力を理解していくのか、どのようにインクルーシブな場を作っていくのか、が議論された。そして、「良い教育」とされるものに対しても、常にジェンダー、セクシュアリティ、人種、民族、階級などによる抑圧が含まれていないかを批判的に検討する必要あることが確認された。国を超えた共通の課題について語ることができるのは、国際学会の醍醐味である。

 学会全体を通して印象的であったのは、トランプ大統領に対する明確な批判と最新の社会状況をつかむためのTwitterの利用である。スポーツと政治がいかに密接しているかを考えさせられるとともに、今この瞬間起きていることを把握するためにSNSを分析することの重要性と難しさを感じる発表が散見された。また、平昌オリンピック後の大会となったため、その振り返りが積極的に行われていた。次回の東京オリンピックへの関心も高まってきており、日本の研究者や活動家がどのように動くかが注視されている。

 白人中心かつ英語ネイティブが多い中で気後れしてしまったが、それ以上に、スポーツを研究する仲間の熱気を感じ、最新の情報に触れ、同年代の研究者とつながることができる貴重な機会となった。そして、少しだけバンクーバーの自然を楽しむことができ、ホットチョコレートと大きなクッキーでセルフケアできたことも大きな収穫である。

最後になりましたが、このような機会を与えて下さった井谷惠子先生に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。(関)

〜・〜・〜初めての国際学会を終えて〜・〜・〜

 NASSS第39回大会は、私にとって初めての国際学会への参加であった。というよりも、日本から出たのが高校時代の修学旅行以来であった。英語には人一倍の不安がありながら参加した数多くのセッションでは、案の定何を言っているのか聞き取ることすらできなかったが、今まで参加した日本の学会とは違った雰囲気を感じることができた。

4日間という長い期間で学会が行われているにもかかわらず、毎朝8:00からセッションが行われていたことにも驚いたが、トランプ大統領へのストレートな批判をはじめ明確な問題意識を持った研究発表がされていたことに特に関心を持った。英語が聞き取れないため各発表の深い内容や発表についての議論は理解できなかったが、その雰囲気を感じることができただけでも自分の研究へのパワーになったと感じている。とは言っても、やはり私自身が興味を抱いている研究テーマについて議論がされている中にまったく入っていけないことには悔しさを感じたのも事実である。海外でされている研究を取り入れながら自身の研究を深めていくことができるように、また次こそは本当の意味で「参加」できるように努めていきたい。

 私は修士課程の学生であり、学会で発表するのは日本であっても未だに緊張してしまうが、同行させていただいた井谷さん、関さんに支えていただきながら国際学会で発表をできたことに心から感謝している。また、今回のNASSSでは本学会の第16回大会で基調講演をしてくださったヘザー・サイクス氏にもお会いすることができ、学会期間中を通して親切にしていただいた。多くの人に助けていただきながら研究に携わっていることを実感できた初めての国際学会は、私にとって大切な経験になった。(三上)

〜・〜・〜写真〜・〜・〜

2014年バンクーバー五輪の会場となったバンクーバー郊外のスキー場。「クマ注意」のサインが…。カナダでのハイキングの醍醐味?

学会初日は丁度ハロウィーンの日で、仮装をした人々が街を闊歩していた。迫力満点のランタンも…。

バンクーバーらしく、学会期間中はずっと雨だったが、最終日の翌朝は快晴。帰りの飛行機になる前に素晴らしいバンクーバーの景色を眺めることができた。カナダらしい?港には飛行艇が停泊中。

カナダのファースト・ネーションズの歴史と伝統を物語るトーテムポール。バンクーバー市があるブリティッシュコロンビア州には、法的にはまだカナダ政府に移譲されていない先住民の土地が多くある。このトーテムポールのあるスタンリーパークも、最近まで代々この土地に暮らしてきた先住民の方が住んでいたそうだ。今はすっかり都会の公園。「現在進行中のSettler-colonialism」という言葉を思い出す。

冬の訪れの早いカナダ。11月上旬はもう紅葉のピークを過ぎていた。

 

井谷聡子会員、関めぐみ会員、三上純会員による北米スポーツ社会学会報告書は、以下よりダウンロードできます。
国際会議参加報告「北米スポーツ社会学会報告」